おんまはみんなパッパカ走る

思い起こしばなし

チワワのチー子②

昔、俺が小学生の頃に、チー子という

チワワを飼っていた。

 

その頃の俺は、母子家庭の一人っ子で

一人で留守番ばかりの俺が、さぞや寂しかろうと

母が貰って来てくれたワンコが、チー子だった。

 

チー子は、ウチに来た時には既に2歳過ぎの成犬だったせいか

確固たる自分が固まっていて、ウチでの新しい躾が入らず

しかも神経質で臆病で頑固な性格だった。

そんなチー子と俺は、あまりソリが合わなかった。

 

チー子は神経質で頑固な大人のワンコで

俺はヤンチャな遊び盛りの子供。

俺の暇つぶしの遊び相手には、チー子は向いていないし

チー子も、俺の事を明らかにわずらわしく思っていた。

 

俺は、母にしょっちゅう

「チー子は、面白くも何ともない。」

「チー子は、可愛くない。」

「チー子なんて、いらない。」

・・・と、文句ばかり言っていた。

 

チー子はチー子で、俺が傍にいる時は

俺に悪戯されるのではないかと、いつも警戒し

俺が部屋で遊んでいる時は、ベッドの下とか

タツの中とか、俺の目の付かない所に避難していた。


チー子を飼いだしてから、1年半くらいしたある日の事

俺が学校から帰ると、チー子の姿がなかった。

しばらくしても全然姿を見せないので、母に

「チー子、どうしたん?」と聞いた。

母は「アンタがチー子いらんと言うてたから、人にあげた。」

と言った。

「アンタに懐いていないから、あの子を手放そうと思って

貰ってくれる人を探してたんだけど、やっと見つけた。」

 

我ながら、子供の心なんて本当にワガママなもの。

チー子がいなくなった。もう二度と戻って来ない。

・・・と知ったとたんに

とてつもなく悲しくなって、涙が溢れ出てきた。

 

俺は泣きじゃくり、母に怒りをぶつけた。

母は、別のワンコを貰ってきてあげるからと言ったが

俺は、全く納得出来なかった。

チー子じゃなければ、絶対に駄目だと思った。

俺は、その後も事あるごとに

「チー子を返して」「僕がチー子を迎えに行く」

・・・と言い続けた。

 

チー子がいなくなって、3ヶ月ほど経った頃だった。

母に、

「一緒にチー子に会いに行こうか?」

・・・と言われた。

「チー子は、もう他人様のワンコになったから、いまさら

返して貰うのは無理だけど、会うだけは会わせてくれる事に

なったから、一回だけ会いに行こうか。」

 

俺はチー子が、やっぱり帰って来ない事が不満だったが

それでもチー子に会いに行く事にした。

 

チー子が貰われた家は、意外に近かったのだが

タクシーで行き、場所がよく分からなかった。

母から、俺が後で勝手に行ったりしないように

わざとタクシーを遠回りして貰ったと、後になって聞かされた。

 

母と一緒にチー子が貰われたという家に入ると

家の中で、優しそうな感じの年配のご夫婦が待っていた。

でもチー子は、そこにはいなかった。

ご夫婦は、俺にジュースとお菓子を出してくれて

それを食べている間に、母と何かしら話をしていた。

 

しばらくすると、俺は部屋の真ん中に座らされ

そこに、ご夫婦のオバさんの方がチー子を

抱っこして、連れて来た。

オバさんは、チー子だけを俺の少し前方に置いて

その場から離れた。

 

神経質で臆病なチー子は、置かれた場所で

いつものように小さく震えながら、こちらをボンヤリと見ていた。

 

俺が手を前に出すと、眉間にシワを寄せ、唇を引上げ

キバを剥いて、少しウーッと唸った。

 

「チー子っ!」

・・と、俺は少し抑えた声で呼んでみた。

 

チー子は、何かに気づいたかのように顔をこちらに向け

俺を見上げた。

 

それから、そろりそろりと寄って来て

俺の手に近づき、指先の匂を少しクンクンと嗅いだ。

そして、おもむろに俺の指をペロペロと舐めだした。

 

しばらく舐めると、俺の手に身体ごと近づいて来て

自ら撫でらるように、頭を摺り寄せて来た。

俺は何回も、何回も、何回もチー子の頭を撫でた。

チー子は答えるように、手のひらに頭を擦り付けてきた。

チー子の、その大きな目は涙ぐんでいる。

※ちなみに、チー子は目が大きくて、アレルギーなのか

いつも、ウルウルと涙ぐんでいた。

獣医さんから、目洗い用のホウ酸水を貰って常備して程だ。

 

俺は、思わずチー子を抱き寄せて、また泣いた。

この時のチー子は、何故か、いつもみたいに

嫌がったり唸ったりは、しなかった。

 

俺とチー子の姿を見て、母は泣いていた。

横を見ると、ご夫婦も二人とも泣いていた。

 

 

チー子は、俺が高校生の頃に

俺の母の家で、その生涯を終えた。

俺は、その頃すでに母の家にはいなかったので

チー子を看取る事は出来なかった。

・・・と言うか、誰もチー子を看取る事は無かった。

 

チー子は、亡くなる前日までは普通にしていたのだが

翌日、朝から見かけないな・・・と思っていたら

ベットに下で、こと切れていたそうだ。

もうかなりの高齢だったし、特に怪我とか何か吐いたとかも

無かったので、母が寿命だったのだろうと言っていた。

 

何だか最後まで、チー子らしいな・・・と思った・・・。

 

 

俺とチー子の、涙の対面の後

ご夫婦は、チー子を俺に返すと言ってくれた。

チー子の様子を見て感動し、可哀そうになったのだそうだ。

勿論、俺はチー子を返して貰った。

 

チー子は結局、帰って来たが、その後も相変わらず

俺とチー子は、相変わらずソリが合わなかった。

俺がチー子を構おうとすると、チー子は逃げていくし

それでもしつこく構うと、唸って噛みつくフリをした。

 

俺も「やっぱり、コイツ面白くない」

とか「可愛くない」とか言っていた。

ワザとチー子を怒らせて、面白がったりもしていた。

 

それでも相変わらず、二人だけで留守番している時の限定だが

寒い時と俺が寝ている時にだけ、チー子は俺の横にくっ付いていた。

 

そんな時、俺はチー子が嫌がらないように

軽く撫でながら、思い返していた。

 

あのご夫婦は、凄くチー子を可愛がっていたそうで

チー子は、今みたいに唸る事も殆どなく

あのご夫婦に、よく懐いていたのだとか。

 

俺はチー子に話かけた。

「チー子、お前はバカだなぁ。

俺が会いに行った時、無視して知らんフリをしてれば

お前にとって、幸せな日々が過ごせたかもしれないのに。」

 

チー子は俺に撫でられながら、薄目を開けて眠そうに

俺にお尻を向けた。